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事業承継はなぜ失敗するのか — ファミリーガバナンスという視点
【免責事項】 本コラムの内容は、執筆時点の法令・ガイドライン等に基づき、一般的な情報提供を目的として作成されたものです。特定の事案に対する法的助言を構成するものではありません。 法律や実務上の運用は随時変更される可能性があり、内容の正確性や完全性を保証するものではありません。本コラムの情報に基づくいかなる行動についても、当事務所は一切の責任を負いかねます。具体的な判断にあたっては、必ず個別の事実関係に基づき、弁護士等の専門家にご相談ください。
事業承継の後に深刻な対立が顕在化するケースは少なくありません。親族間の経営方針を巡る対立、株式の分散による意思決定の停滞、配当や役員報酬を巡る不満など、構造的な問題は決して例外ではありません。
1. 事業承継の本質は「三つの分離」にある
事業承継は、単なる経営者の交代ではありません。本質的には、以下の三つの要素が同時に移転するプロセスです。
経営(Business) × 所有(Ownership) × 家族(Family)
そして重要なのは、これら三つが必ずしも一致しない点にあります。
例えば、後継者が経営を担う一方で、株式は複数の相続人に分散する場合、「経営」と「所有」は分離し、両者の間に利害対立の構造が内在することになります。経営の意思決定権を持つ後継者と、所有者として配当・株価・経営方針に関心を持つ他の相続人という各々の立場の間には、潜在的な利益相反が存在しています。
こうした「家族・所有・経営の三領域のズレ」は、欧米における家族経営企業(ファミリービジネス、FB)に係る研究においても基本的な前提とされており、長期存続企業においては、この構造を前提としたガバナンス設計が不可欠とされています。
2. 現実の事業承継における課題
かつては、「家族」を単位とした一体的な承継が前提とされ、家族内部で経営と所有が自然に一致することが期待されてきました。「番頭」と呼ばれる創業者の右腕的存在が、資産管理・家族間の調整・後継者の教育といった重要な役割を一手に担い、ファミリーガバナンスの機能を事実上代替しているケースも少なくありませんでした。
しかし、こうした特定の個人への機能集中は、その人物の引退や不在をきっかけに経営構造の不安定化を招くおそれがあります。
加えて、少子化や価値観の多様化により、「家族」を単位とした一体的な承継という前提自体が維持困難になりつつあるので、今後は、「所有と経営の分離」を前提に、分離した利害を統治するための承継形態を模索することが必要となります。
3. ファミリーガバナンスとは何か
このようなファミリービジネスが抱える問題に対応するための枠組みが、「ファミリーガバナンス」です。
ここでいう「ファミリーガバナンス」は、家族・所有・経営という異なる立場の利害を調整し、事業の持続性と家族の安定を両立させるためのルールと仕組みの総体をいいます。
欧米では、ファミリー憲章(Family Constitution)・ファミリーカウンシル・株主間契約などを通じて体系的に整備されており、長期的に存続する企業においては、いわば「標準装備」とされています。
日本でも、経済産業省が「ファミリービジネスのガバナンスの在り方に関する研究会」を設置し、ファミリーガバナンスに関する規範の整備を進めています。その背景には、ファミリービジネスが日本経済の中核を担う一方で、ガバナンスの未整備が成長や持続性の阻害要因となり得るとの認識があります。同研究会においては、制度やルールを整備するだけでは不十分であり、それを機能させる関係性と運用体制が不可欠であるという点も強調されています。
4. ファミリーガバナンスが資産防衛に有用である理由
ファミリービジネスが抱える構造的なリスク要因のため、何も対策を講じなければ世代交代のたびにガバナンスが弱体化し、資産が散逸してしまうという問題があります。
| リスク要因 | 承継への影響 |
|---|---|
| 株式の分散による支配権の不安定化 | 株式が複数の相続人に分散し、意思決定が停滞する。特定の相続人が少数株主として拒否権的な影響力を持つ事態も生じ得る。 |
| 他の相続人との経済的公平性を確保することの代償 | 相続人には一定割合の財産取得を請求する権利(遺留分)が法律上保障されており、後継者への自社株集中と他の相続人の権利確保を両立させる設計が不可欠となる。 |
| 高額な相続税による現金化圧力 | 非上場株式の相続税評価が高額となり相続税が多額となることに伴い、納税資金の確保のために株式の売却・分散を余儀なくされる。 |
① 株式の分散による支配権の不安定化
後継者に経営を委ねたとしても、株式が複数の相続人に分散すれば、意思決定は常に不安定なものとなります。
この結果、「経営は一人、支配は分散」という構造的不安定が生じます。経営者が長期視点での投資や事業転換を決断しようとするたびに、他の株主(兄弟・姉妹・親族)との合意形成が必要となり、機動性が失われます。
こうした問題に対しては、後継者に株式を集中して承継させる又は議決権制限株式・無議決権株式の活用を図ると同時に、遺留分への代替補償、信託の活用(議決権と受益権を分離し、議決権のみを後継者に集約する等)といった方法により、自社株式の散逸によるガバナンスの弱体化を避ける方策を講じる必要があります。
② 他の相続人との経済的公平性を確保することの代償
特定の後継者に株式を集中させる場合、他の相続人との間で経済的な不公平が生じると、承継後に遺留分侵害額請求や株式買取請求が提起されるリスクが高まります。
この問題は、感情的な対立として顕在化することが多く、法的に解決できても、家族関係の修復が困難になるケースも少なくありません。遺留分侵害への対応(遺留分相当額の代償財産の準備・生命保険の活用)、配当政策の明示的な設計(経済的利益の分配ルールの事前合意)、金銭その他の資産による調整(自社株以外の財産を非後継者の相続分に充当)等といった予防的な設計が不可欠です。
③ 高額な相続税による現金化圧力
相続税や株式取得資金の問題により、後継者に過大な資金負担が生じることがあります。非上場株式は流動性が低く、換金手段が限られるため、納税資金の確保が困難となり、承継そのものが頓挫するケースも少なくありません。
さらに、後継者が相続税の納税のために自社株を売却せざるを得ない事態は、支配権問題(①)と直結します。「相続税対策のために始めた株式の分散」が、結果としてガバナンスの弱体化を招くという構造です。
この問題への主な対応策は以下の通りです。
- 納税資金の確保(生命保険・自社保有の現預金・資産の組み替え)
- 株式評価の前提整理(事業承継税制(特例措置)の活用可否の検討)
- 計画的な持株会社化・組織再編による評価コントロール
三つの問題は独立していません。 支配権・経済的公平・流動性という三つの問題は相互に連関しています。例えば、遺留分対策として後継者以外の相続人に現金を多く配分すれば流動性の問題が悪化し、流動性確保のために株式を分散させれば支配権が不安定になります。この連関を理解した上で、全体を俯瞰した設計が求められます。
以上のとおり、資産承継の問題は経営権の安定と直結するガバナンスの問題です。ファミリーガバナンスの設計は、これら資産承継に関する具体的論点を前提として行われなければ、実効性を持ち得ません。
5. 親族承継に限られない問題
ファミリーガバナンスは、親族内承継の場合だけでなく、従業員や第三者が承継者となる場合においても問題となります。
| 承継形態 | ファミリーガバナンスが問題となる局面 |
|---|---|
| 親族内承継 | 後継者への経営権集中と他の相続人(株主)との利害調整。前節で述べた支配権・経済的公平・流動性の三問題への対応が中心となる。 |
| 従業員承継 (MBO等) | 創業家が株主として残留するケースでは、新経営者と創業家の関係整理が不可欠。「口を出さない」という暗黙の了解では機能しない。株主間契約等による役割の明確化が求められる。 |
| M&A(第三者承継) | 譲渡後も創業家が一定期間関与を続けるアーンアウト条項や、オーナー経営者としての意思決定権の範囲設計が問題となる。創業家の関与のあり方を明示的に設計することで、PMIの障害を予防できる。 |
創業家が何らかの形で関与し続ける限り、ファミリーガバナンスの問題は不可避です。「承継した後は口出しをしない」という意思があるとしても、それ自体をルールとして明文化しておかなければ、後のトラブルの原因となります。
6. 実務における構築プロセス
ファミリーガバナンスの構築は、一般に以下の4段階で進めます。書類を作成することそのものよりも、各段階での対話と合意の積み重ねに意義があります。
第1段階:現状の可視化と対話の設計
現在の株主構成・相続関係・後継者候補・利害関係者を整理し、ファミリー評議会(必要に応じてファミリー総会も含む)など、家族間の対話の枠組みを設計します。資産承継に関わる三つの問題(支配権・経済的公平・流動性)のどれが自社にとって最も重要かの優先順位付けもこの段階で行います。
第2段階:方針の合意形成
後継者の選定基準・株式の承継ルール(先買権・譲渡制限)・遺留分への対応方針・配当方針・ファミリーメンバーの入社・処遇基準など、家族として合意しておくべき事項を協議し、ファミリー憲章(またはファミリー規則)として文書化します。
第3段階:法的文書への落とし込み
合意内容を、定款変更・株主間契約・遺言書・信託契約書・種類株式の設計等の法的拘束力を持つ文書へ翻訳します。事業承継税制の活用・生命保険の設計・資産の組み替えについては税理士・金融機関とも連携して進めます。
第4段階:継続的な見直しと更新
後継者の成長・法制度の変化(相続法・税制改正等)・ファミリーの状況変化に応じ、定期的に憲章と法的文書を更新します。ファミリーガバナンスは一度作ればよいものではなく、経営環境とともに更新され続けるものです。
7. 弁護士が関与する意味
ファミリーガバナンスの構築をするにあたっては、経済産業省の研究会が指摘するように、制度だけでは機能せず、関係性と運用の設計が不可欠です。
例えば、
・将来の紛争・対立を前提とした潜在的な利害対立の構造分析
・ファミリー憲章(ファミリービジネスの経営に関わるルール、共有するべき価値観、意思決定プロセスを文書化したもの)、その内容を実際に機能させるための法的文書(定款変更・株主間契約・遺言・生前贈与等)の作成
・遺留分侵害額請求・株主代表訴訟・取締役の善管注意義務違反・敵対的買収への防衛など現実に起きる紛争を念頭に置いた法的設計の構築(種類株式・生命保険・民事信託の組み合わせによる総合的な設計)
以上のような内容が考えられますが、ケースバイケースとなりますので、具体的な対策を講じるにあたっては専門家への早期の相談をご検討ください。
おわりに
ファミリーガバナンスは、「うまくいっているうちに構築するもの」です。後継者問題が顕在化したり、親族間の対立が表面化してからでは、冷静な対話による合意形成は著しく困難になります。
対話の場を設け、合意を文書化し、法的な実行力を持たせる、といったステップを踏むことが、資産と事業を最大限永続させるための有効な戦略となります。
是非、現在の状況を整理し、家族として大切にしたいことを話し合うための最初の一歩を踏み出すことをお勧めします。
著者情報
弁護士:藤井 健一
築地かなめ法律事務所 代表弁護士。
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