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自社の技術・ノウハウの「吸い上げ」問題 — 知的財産権・ノウハウ・データを対象とした優越的地位の濫用
【免責事項】 本コラムの内容は、執筆時点の法令・ガイドライン等に基づき、一般的な情報提供を目的として作成されたものです。特定の事案に対する法的助言を構成するものではありません。 法律や実務上の運用は随時変更される可能性があり、内容の正確性や完全性を保証するものではありません。本コラムの情報に基づくいかなる行動についても、当事務所は一切の責任を負いかねます。具体的な判断にあたっては、必ず個別の事実関係に基づき、弁護士等の専門家にご相談ください。
はじめに
技術・ノウハウ・データといった無形資産は、多くの企業にとって競争力の源泉です。しかし、取引上の力関係を利用してこれらが発注者により不当に「吸い上げられる」問題は、中小企業を中心に広く見られ、イノベーションを阻害しかねない社会的な課題ともなっています。
2026年3月11日、公正取引委員会は「知的財産権・ノウハウ・データを対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査」(以下「本調査」)の結果を公表しました。
本調査は、製造業・情報通信業・サービス業・小売業など幅広い業種を対象として実施されたものです。
本調査の結果公表に続き、2026年6月下旬には、取引適正化のための新指針(ガイドライン)が策定される予定となっており、今後この分野への執行強化が見込まれます。
本コラムでは、調査結果のデータを踏まえながら、問題とされる行為類型を整理し、発注者・受注者それぞれの立場で採るべき対応を解説します。
調査結果の概要
本調査においては、
・知的財産権やノウハウ、データを保有する企業は半数を超える一方で、それらの取扱いについて十分な社内体制を有していない企業が約半数に上ること
・取引条件に納得できない点があっても、それを受け入れざるを得なかった経験があると回答した企業も一定数存在していること
といった結果がデータにより示されています。
また、公正取引委員会が「ポイントとなる事例」として特にピックアップするのは、以下の4事例です。
・産業データを始めとするデータの提供を求められた事例
・著作権の無償譲渡、著作者人格権の不行使条項の設定を求められた事例
・知的財産権等に対する対価が設定されていない、適切な対価が設定されていない事例
・知的財産権等に対する対価設定方法に関する協議の場を設けられず、レベニューシェアを望んでいるのに一括払いしか選択肢が設けられていない事例
こうした事例の背景としては、根付いた商慣習により、中小企業が、問題意識を抱くことができずに取引先からの要請に応じてきている、発注者及び受注者双方における知的財産権等のリテラシー及び取引適正化の意識が低いとの分析が示されています。
問題とされる行為類型
以下では、本調査において優越的地位の濫用(独禁法2条9項5号)または取適法上の問題として指摘する6つの行為類型について解説します。
1. NDA(秘密保持契約)の締結
受注者が発注者に対してNDAの締結を求めたにもかかわらず、発注者がこれを拒否した上で技術情報の開示を求めたり(NDA締結拒否事例)、受注者のみが発注者に対して秘密保持義務を負うような片務的NDAの締結を要請したりする事例(片務的NDA締結事例)が報告されています。
発注者がその取引上の地位に基づいてこのような行為を行い、受注者が今後の取引への影響を懸念して受け入れざるを得ない場合には、優越的地位の濫用として問題となるおそれがあります。
2. ノウハウ・データの無償開示要求
取引継続の条件として、製造工程・配合・設計ノウハウ等の開示を求める行為です。「コスト削減の検討のため」という名目で実質的に技術情報を吸い上げるケースも含まれます。また、IoT機器・製造ライン・設備の稼働データ等を、対価なく発注者に提供することを求める行為も同様に問題となります。
データの帰属・利用範囲が契約上明確でないまま提供させるケースも多く、取適法(旧下請法)上の「不当な経済上の利益の提供要請」に該当するおそれもあります。
3. 知的財産権の無償譲渡・移転要求
取引条件として、成果物に関する特許権・著作権・意匠権等の権利を発注者に無償で譲渡させる行為です。「成果物の知財はすべて発注者に帰属する」という一方的な条項がその典型です。
受注者が権利を保持したまま発注者にライセンスを許諾することで解決できる場合でも、強い取引上の地位を背景に「無償譲渡」を強要するケースは、優越的地位の濫用として問題となるおそれがあります。
4. 知的財産権の対価設定
受注者が保有する特許権・ノウハウ等を発注者が利用する際の対価(ロイヤルティ等)について、発注者が一方的に対価をゼロまたは著しく低い水準に設定する行為です。
「業界の相場」「慣行」などを口実に正当な対価交渉を回避し、受注者が取引継続への懸念から受け入れざるを得ない状況を利用する場合は、優越的地位の濫用として問題となるおそれがあります。
5. 技術指導・技術検証・試作品製造等の無償要求
取引の前段階で実施される技術指導・サンプル製造・試作品の製作・技術検証等を、発注者が「受注のための当然の前提」として無償で行わせる行為です。
特に、複数の候補企業に対して試作品の製造や技術提案を無償で競わせるような行為は、コンペ参加者に一方的なコスト負担を強いるものであり、受注者の取引上の利益を不当に害するものとして問題となるおそれがあります。
6. 共同研究開発等を名目とした技術吸い上げ
形式上は共同研究・共同開発として進めながら、実質的な技術・ノウハウの提供が中小企業側に偏り、成果の帰属・対価の配分が不均衡なケースです。
共同研究開発の枠組みを利用して、費用・リスクは中小企業が負担しながら、成果(特許等)はすべて発注者が取得するような取決めは、優越的地位の濫用として問題となるおそれがあります。
行為類型のまとめ
| 行為類型 | 典型的な態様 | 適用法令・違反類型 |
|---|---|---|
| NDA締結の拒否・片務的NDA | 「社内規定で結べない」等を理由に、秘密保持契約を締結しないまま技術・ノウハウの開示を求める | 独禁法(優越的地位の濫用) |
| ノウハウ・技術情報の無償開示要求 | 「コスト削減検討のため」として製造工程・配合・設計ノウハウ等の開示を要求 | 独禁法(優越的地位の濫用)、取適法(不当な経済上の利益の提供要請、買いたたき、協議に応じない一方的な代金決定の禁止)、フリーランス法(不当な経済上の利益の提供要請、買いたたき) |
| 産業データの無償提供要求 | IoT機器・製造ラインの稼働データ等を対価なく提供させる | 同上 |
| 知的財産権の無償譲渡・移転要求 | 「成果物の知財はすべて発注者に帰属する」という一方的条項 | 同上 |
| 知的財産権の対価ゼロ・不当廉価設定 | 業界の相場を無視し、ロイヤルティをゼロまたは著しく低い水準に設定 | 独禁法(優越的地位の濫用)、取適法(買いたたき、協議に応じない一方的な代金決定の禁止)、フリーランス法(買いたたき) |
| 技術指導・試作の無償要求 | 受注のための当然の前提として試作品製造や技術検証を無償で実施させる | 独禁法(優越的地位の濫用)、取適法(不当な経済上の利益の提供要請、買いたたき、協議に応じない一方的な代金決定の禁止)、フリーランス法(不当な経済上の利益の提供要請、買いたたき) |
| 共同開発名目の技術吸い上げ | 費用・リスクは中小企業負担、成果は発注者取得という不均衡な共同開発 | 優越的地位の濫用 |
発注者・受注者それぞれが採るべき対応
発注者の立場から
2026年6月下旬に公表予定の新ガイドラインにより、上記行為類型に対する執行基準が明確化される見通しです。発注者としては、以下の点を確認してください。
- 取引先へのNDA締結要請・ノウハウ開示要求・知財帰属条項の設定が一方的でないか
- 共同研究開発の費用負担・成果帰属が公平に設計されているか
- 試作・技術検証に係る費用を適切に補償しているか
- 取引先が「断れない」状況を利用した要求をしていないか
受注者の立場から
「断れば取引を打ち切られる」という恐れから問題のある取引条件を受け入れてきた場合でも、採り得る手段は存在します。
- 証拠(メール・議事録・交わされた書面)の保全
- 契約交渉の段階において帰属・対価・秘密保持について書面で明確化する
- 不当な要求を受けた場合・継続的取引の終了の意向を示された場合には、弁護士に相談
まとめ
公正取引委員会が幅広い業種を対象として本調査を実施し、新ガイドラインの策定を予告していることは、この分野への執行強化を示すシグナルと考えられます。
発注者の立場にある企業は、今まで「業界の慣行」として行ってきた知財・ノウハウ・データの取り扱いを見直し、取引条件の適正化を図ることが求められます。
受注者の立場にある中小企業は、自社の法的立場を正確に把握し、適切に契約交渉を行うことが重要となります。
「自社の取引条件や契約書に問題がないか確認したい」「不当な要求を受けているがどう対応すべきかわからない」といったご相談は、お気軽にお問い合わせください。
著者情報
弁護士:藤井 健一
築地かなめ法律事務所 代表弁護士。
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