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サプライチェーン・リスクと事情変更の原則 — 裁判例の概観と不測の事態に備えた契約実務
【免責事項】 本コラムの内容は、執筆時点の法令・ガイドライン等に基づき、一般的な情報提供を目的として作成されたものです。特定の事案に対する法的助言を構成するものではありません。 法律や実務上の運用は随時変更される可能性があり、内容の正確性や完全性を保証するものではありません。本コラムの情報に基づくいかなる行動についても、当事務所は一切の責任を負いかねます。具体的な判断にあたっては、必ず個別の事実関係に基づき、弁護士等の専門家にご相談ください。
1 はじめに
近時、地震や疫病、戦争その他の地政学的リスク等により、サプライチェーンにおける物流の停滞、供給不足、原材料価格の急騰といった問題が、企業間取引に現実の影響を及ぼしています。これらは、契約の採算性や履行可能性を左右する重要なリスクとなっています。
たとえば、継続的供給契約において長期の固定価格を設定した後に主要原材料の価格が大幅に上昇した場合、売主側からすれば、契約どおりの価格で履行すると著しい損失が生じることがあります。他方、買主側からすれば、価格改定を当然に受け入れなければならないとすると、当初見込んだ事業計画や転売価格が成り立たなくなるおそれがあります。
このような局面で問題となるのが、いわゆる「事情変更の原則」と、契約実務におけるリスク配分条項の設計です。
もっとも、日本の裁判例は事情変更の原則の適用に慎重であり、実務上は、事後的に同原則に依拠するよりも、事前の予防策として、契約締結時から価格変動・供給途絶・法規制変更等のリスクを契約条項の中に取り込んでおくことが重要となります。
2 事情変更の原則
事情変更の原則とは、契約締結後、契約締結時には当事者が予見できなかった社会的・経済的事情の著しい変更が生じ、そのために当初の契約内容どおりに当事者を拘束することが信義則上著しく不当となる場合に、契約の解除や契約内容の修正を認め得るとする考え方です。
日本法には、事情変更の原則についての一般的な明文規定はありません。民法1条2項の信義誠実の原則を背景とする判例・学説上の一般法理として論じられてきました。ただし、借地借家法11条・32条の地代・賃料増減額請求権のように、経済事情の変動に対応する制度が特別法上明文化されている場面もあります。
一般に、事情変更の原則の適用には、次のような要件が必要と整理されています。
| 要件 | 内容 | コメント |
|---|---|---|
| ① 基礎事情の著しい変更 | 契約締結の基礎となった客観的事情が、契約締結後に著しく変化したこと | 単なる価格上昇や採算悪化だけでは足りず、契約上予定されたリスク分配を超える事情かが問題となります。 |
| ② 予見不能性 | 当該事情変更が、契約締結時に当事者にとって予見できなかったこと | 抽象的にリスクを知っていたかだけでなく、当該リスクを契約上誰が引き受けたかが重要です。 |
| ③ 帰責事由の不存在 | 事情変更が、当事者の責めに帰すべき事由によらないこと | 自社の調達管理の不備、在庫政策、施工管理上の問題等に起因する場合は、適用が難しくなります。 |
| ④ 契約拘束の著しい不当性 | 従前の契約内容どおり当事者を拘束することが、信義則上著しく不当となること | 単に「履行が困難」「不採算」という程度では足りず、著しく不当・不公正と評価される必要があります。 |
3 裁判例の傾向
裁判例上、事情変更の原則は理論として否定されているわけではありません。しかし、実際に同原則の適用を認めることには慎重な姿勢がとられています。その背景には、「契約は守られなければならない」という契約拘束力の原則があります。価格変動、需要変動、為替変動、調達コストの増加等は企業活動に伴う通常のリスクでもあるため、これらを理由として容易に契約内容の変更や解除を認めると、取引の予測可能性が大きく損なわれるためです。
かつて大審院判決昭和19年12月6日民集23巻613頁は、土地売買契約の履行期前に価格統制令が施行され、認可を得るまでの期間が不明となり、長期間にわたり契約の履行可能性が不安定となった事案において、信義則上、当事者が一方的意思表示により契約を解除し得ると判断しました。
しかし、最高裁は、事情変更の原則の適用には慎重です。たとえば、インフレによる貨幣価値の変動を理由とする債権額の変更を否定した裁判例や、土地の売買予約成立後から予約完結権行使までの間に土地価格が上昇した事案で、事情変更の原則による効力修正を否定した裁判例があります。最判昭和56年6月16日判時1010号43頁は、土地価格が契約成立後に約6倍弱に高騰した事案でも、その程度の価格差をもって直ちに予約自体の効力に影響を及ぼすものではないと判断しました。
また、最判平成9年7月1日民集51巻6号2452頁は、ゴルフクラブ入会契約締結後にゴルフ場ののり面崩壊等が生じた事案において、事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情変更が、契約締結時の当事者にとって予見できず、かつ当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要である旨を判示しました。
下級審には、土地売買予約後20年の経過により土地価格が20数倍に上昇した事案で一定の増額評価を認めたもの(神戸地裁伊丹支部昭和63年12月26日判時1319号139頁)もありますが、このような判断は例外的なものと位置付けるべきです。
なお、借地借家法11条・32条は、地代・建物賃料が土地価格の変動、租税公課の増減、経済事情の変動、近傍類似の賃料との比較等により不相当となった場合に、当事者が将来に向かって増減額を請求できる旨を定めています。これは、一定の継続的契約関係において事情変更に対応する制度を法律上明文化したものと見ることができ、最判平成15年6月12日民集57巻6号595頁は、地代自動増額改定特約がある場合でも、その内容が借地借家法11条の趣旨に照らして不相当となったときは、同特約に拘束されず、地代減額請求権を行使できると判断しています。
4 予防的な契約条項の検討
事情変更の原則の適用が限定的である以上、実務上は、不測の事態を契約条項の中であらかじめリスクを可視化し、分配しておくことが重要となります。以下では、代表的な条項類型ごとに設計上のポイントを整理します。
(1)価格調整・スライド条項
価格調整条項は、原材料価格、為替、エネルギー価格、労務費等の変動リスクを、あらかじめ契約の仕組みとして織り込むものです。特に、契約締結から履行完了までの期間が長い建設工事契約や、原材料コストの影響が大きい継続的供給契約では、最も実務的な対応策となります。
設計上重要なのは、客観的指標、算式、調整時期、上限・下限、証憑、改定後価格の適用時期などを明確にすることです。「物価が著しく変動した場合は協議する」といった抽象的な条項だけでは、協議の入口としては有用でも、価格改定の結論を導くには不十分な場合があります。
たとえば、建値、商品市況、物価指数、為替レート、燃料価格指標等と商品価格を連動させることにより、売主側は価格高騰リスクを軽減でき、他方、買主側にとっては、指数が下落した場合の価格低下を享受できる利点があります。
ただし、指数が急騰した場合に買主が無制限に価格上昇を負担する設計では、単に売主から買主へ価格変動リスクを移転するだけになりかねません。そのため、上限・下限、一定範囲までは各当事者が負担する旨の規定、極端な変動時の再協議条項等を組み合わせることが考えられます。
建設工事では、公共工事標準請負契約約款等において、全体スライド、単品スライド、インフレスライド等の仕組みが整備されています。
民間契約でも、これらを参考にしつつ、対象資材、発動基準、算定方法、請求期限、証明資料、変更手続等を具体化しておくことが重要です。
(2)再交渉条項
再交渉条項は、問題が深刻化する前に協議の場を設けることを目的とする条項です。
たとえば、「予期することのできない法令の制定・改廃、物価その他経済情勢の著しい変動により、価格又は供給条件の維持が困難となった場合、相手方に対して理由を明示して協議を求めることができる」といった定めが考えられます。
ただし、東京地判平成12年8月28日判時1737号41頁は、薬品原料の継続的供給契約において、事情変更に応じて随時協議できる旨の約定があった事案で、予期し得ない経済情勢の変化や法改正等が認められないことなどを踏まえ、買主が価格改定を拒絶したことは協議義務違反に当たらず、売主による供給停止を正当化する特段の事情もないと判断しました。
再交渉条項を実効的にするためには、協議不調時の出口として、契約解除や一定期間の履行停止、仲裁等の手段を組み合わせて定めること、例えば、
「協議開始日から●日以内に合意に至らない場合、各当事者は、仲裁又は当事者が合意する専門家による決定を求めることができる。」
「前項の手続によっても合理的期間内に解決しない場合、各当事者は、相手方に●日前までに書面で通知することにより、本契約の全部又は一部を将来に向かって解除することができる。」
といった条項を置くことも考えられます。
(3)不可抗力条項
不可抗力条項は、定義が抽象的すぎると、実際の紛争時に機能しないおそれがあります。
地震や津波、台風、感染症等の天災、火災、事故及びテロ等の人災、戦争や侵略行為、内乱、暴動、デモ等の政治的な事象、ストライキ、ロックアウト及びボイコット等の労働的な事象、電力や石油、水道などインフラの供給不足、公共交通や輸送施設、港湾設備、通信設備等の使用が制限されている場合など、様々な事象について、契約類型に応じて具体的に列挙することが重要となります。
また、不可抗力事由が発生した場合の免責だけでなく、通知義務、影響軽減義務、代替履行、履行期限の延長、長期化した場合の解除権を定めるほか、通知義務を怠った場合に免責の効果が制限される設計とするか、不可抗力事由が一定期間継続した場合に双方解除権を認めるといった規定を設けることも考えられます。
(4)定型約款の変更条項
多数の相手方と同一内容の取引を行うBtoCサービス、SaaS、サブスクリプション、標準利用規約型の取引では、民法548条の4が定める定型約款の変更規定も重要です。
同条は、相手方の個別同意なく定型約款を変更できる場合として、変更が相手方の一般の利益に適合する場合、又は変更が契約目的に反せず、変更の必要性、変更後の内容の相当性、変更条項の有無及び内容その他の事情に照らして合理的である場合を定めています。
価格改定、サービス内容の変更、免責条項の追加等を一方的に行う場合、その合理性は事後的に争われる可能性があります。
そのため、当初の約款の締結段階から、変更可能性、変更事由、変更手続、周知方法、効力発生日、利用者への説明方法を明確にしておく必要があります。特に不利益変更を伴う場合には、変更の必要性と内容の相当性を社内資料として記録化し、相手方に対して十分な周知期間を設けることが重要です。
5 既存契約で不測の事態が生じた場合の対応
不測の事態が生じた場合に、直ちに履行停止や解除に踏み切るのは避けるべきです。一方的な供給停止・履行拒絶は、事情によっては債務不履行と評価され、損害賠償責任を生じさせる可能性があります。
まず、契約書を精査し、不可抗力条項、免責条項、価格改定条項、協議条項等の有無や内容を確認します。そのうえで、個別の契約内容・取引実態・交渉経緯を踏まえ、当該事象が契約上どの条項に該当するか、条項がない場合には民法上の履行不能、危険負担、信義則、事情変更の原則等による対応が可能かを検討します。
次に、相手方との協議に入る前に、客観的資料を準備することが重要です。具体的には、原材料価格の推移、為替レート、仕入先からの通知、物流遅延の証拠、代替調達の検討結果、採算への影響、履行を継続した場合の損失見込み等を整理します。単に「価格が上がった」「履行が難しい」と主張するのではなく、契約条件の見直しが必要であることを客観的に説明できる状態を作る必要があります。
相手方への通知・協議申入れでは、事情の内容、契約履行への影響、求める変更内容、代替案、協議希望期限を明確に記載し、やり取りはメールや議事録で残すべきです。事情変更の原則や信義則上の主張を行う場面でも、誠実に協議を尽くしたことは重要な事情となります。
交渉が難航する場合には、暫定価格、暫定納期、一部数量の履行、将来精算、第三者専門家による価格算定、民間ADR、仲裁等を活用することも検討できます。
6 まとめ
事情変更の原則は、契約締結後に契約の前提が大きく崩れた場合の最後の安全弁として重要な意味を持ちます。
しかし、実務上重要なのは、事情変更の原則が、契約上のリスク配分を補充する例外的な法理にすぎず、日本の裁判例上、その適用は例外的である、という点です。不測の事態が生じたからといって当然に契約内容の変更や解除が認められるわけではありません。
そのため、企業取引において重要となるのは、事前の予防策をしっかりと講じること、つまり、契約締結時から、どのリスクを誰が、どの範囲で、どの手続により負担するのかを設計しておくことです。
契約の持続可能性を確保するためには、疫病や戦争、インフレ、供給途絶等といったリスクに対して事後的に対応することに依拠するのではなく、既存契約の見直し、新規契約におけるリスク配分条項の設計を行うことをご検討ください。
著者情報

弁護士:藤井 健一
築地かなめ法律事務所 代表弁護士。
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